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【ゲイ男性向け小説】出会った彼らが僕を作っている 2.約束の時間に来ない彼

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来ない。約束をした時間は三十分も前だ。なのに、何の連絡すら来ない。
 夕方のターミナル駅だけあって、多くの人が俺の前を通り過ぎていく。スーツ姿のサラリーマンや、リュックを背負った大学生らしき男。その合間から、彼の姿が現れるんじゃないか。そう期待して、人混みの中を探す。だが、それらしき人はいない。


 すっぽかされたのだろうか。俺の数少ないコッチの友だちは、相手が待ち合わせの時間に現れなければ、即座に帰るらしい。俺が「三十分、待っている」って言ったら「ヒマだね」と言われた。
 確かに人混みの中で、来るのか、来ないのか、わからない相手を待つのは苦痛だ。もう、帰ってしまおうか。
 とはいえ、俺たちが会うのは今日が初めてじゃない。既に出会って半年だ。身体の関係もある。前回会った時も、俺のことを好きそうなことを言っていた。だったら、事情が違うんじゃないか? 
 そもそも彼から一時間前に「三十分後にね」と返事が来ていた。予定を無視するつもりなら、わざわざそんなことはしないだろう。
 だったら、どうして待ち合わせ場所に着いたことを伝えたメッセージに返事がないんだろう。既読のマークすら付いていない。
 彼とは昨日、というか今日の朝まで二人で過ごした。しかし、あいつが昼間に用事があると言ったので、一旦解散したのだ。
 最後のメッセージでは「用事の後に一度、家へ帰る」って書いてあった。って、もしかしてそのまま寝てしまったんだろうか。もしくは、何か事情があって来れなくなった? 確かめようにも、彼の家が何処にあるのか。俺は知らない。


 そういえば、あいつ。用事に付いてきて欲しそうなことを言ってたよな。彼の用事に付き合う必要はない。そう思って、話をスルーしたけど、あれが良くなかったんだろうか。
 少なくとも、一緒に行けば、彼が来ないことをこんな風にグズグズ悩む必要はなかったハズだ。
 なんて、今さらそんなことを言っても仕方ない。忙しそうに歩く人々の邪魔にならないところへ移動して、壁に寄りかかる。


 さて、どうしようか。そういえば、前に会った人は「相手が予定通り来なくても平気」って言ってた。
 待っている間、本屋や服屋で時間を潰しているらしい。確かにこうやって「いつ来るのか」とモヤモヤしながら相手を待っているよりは生産的だ。
 とはいえ、俺が待ち合わせ場所から離れているうちに、彼がここに来てしまったら? 
 いやいや。何の連絡もせず、時間に遅れてくるあいつが悪い。それに、彼が来た時にイライラしていたら、それをぶつけてしまいそうだ。
 時間を守れないヤツが悪い。それは正論だ。しかし、俺は彼とできれば長く付き合っていきたいと思っている。面倒なヤツと思われて、嫌われたくない。それに自分の機嫌くらい自分で取れるのが、大人な気がする。
 そうだ、そうしよう。ちょうど、今は駅ビルにいるのだ。本屋も、服屋もある。食事は合流してからの約束だけど、カフェなら大丈夫だろう。
 俺はカバンを持ち直して、駅ビルに向かって歩きはじめる。


 それから、本屋で気になっていた新刊をチェックして、服屋を冷やかした。そして、歩き疲れた俺はカフェに入る。店内は、ほどほどに混んでいた。
 注文したコーヒーを手に、空いている席を探して、腰をおろす。ソファは柔らかく、身体が沈んだ。ひと息ついていると、鼻が濃厚なチーズと黒胡椒の香りを捉える。隣の席に座っている人が、パスタを食べていた。
 そういえば、腹が減ったな。店内の時計を見ると、あれから更に一時間が過ぎていた。スマホをジーンズのポケットから取り出したが、やっぱり彼からの返事はない。
 こちらから電話でも、した方が良いんじゃないだろうか。通話ボタンに指を伸ばす。だが、押せない。
 重いヤツだと思われないだろうか。最初に会った時、彼は「前の恋人は、重いタイプだったから別れた」と言っていた。
 いや。約束の時間に来ないから連絡するのは、重くないハズだ。けど、判断するのは彼だ。それに例え電話をしても、彼が出なかったら。
 俺、何か間違いを犯していないだろうか。昨日、会った時に相手から嫌われるようなことを言った? 
 わざと来ないのか、それとも理由があって来られないのか。答えが知りたい。けど、知りたくない自分もいる。
 今回はすっぽかされたのだとしても、決定的な結論を聞いていなければ、まだチャンスはあるんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。
 どうしたらいいんだろう。誰か恋愛が得意な人に教えて欲しい。その時、学生時代の古文の先生のことが頭に浮かんだ。


 パーマのかかった長い髪に眼鏡、真っ赤な口紅をつけたみずみずしい口唇が印象的な人だった。授業の合間の雑談で、恋愛哲学みたいなことを言っていたのを覚えている。
「恋愛で悩んだら、相手が一生変わらなかったとしても、付き合えるかを考えなさい」。確か、そんなことを言っていた。
 彼はどうだろう。前から「自分中心のタイプなんだろうな」とは思っていた。こちらからの連絡は答えたり、答えなかったり。
 イケメンで自分のこだわりや、夢を語るタイプだから、そんな風でも周りに人が集まるんだろう。
 俺も「そういうヤツなんだな」と思うことで「返事をして欲しい」という自分の不安をコントロールできた。
 けど、何も連絡せずに約束をすっぽかすのはどうだろう。彼は自分の用事があれば、譲らない。それなのに、こちらの時間が無駄になっていることには無関心だ。
 彼が変わらないとしたら、俺は彼のために無駄な時間を過ごすことになる。人生は有限。時間は自分の寿命と考えることもできる。
 だとしたら、他人の時間にルーズだということは、他人の命を大切にしないということでもある。なんて、大袈裟か。
 いずれにしても、彼の都合に付き合うのはもう止めだ。
 俺は再びスマートフォンをチェックする。やはり返事は来ていない。俺はメッセージを打った。
「今日、会うのは難しいみたいだから、帰るね」
 もう終わりにしよう、と書けないのが未練がましいが、仕方ない。簡単に捨てるには惜しいイケメンだ。
 メッセージの送信ボタンを押し、スマホをカバンに入れると俺は自分の家に向かう電車に乗れる駅へ歩き始めた。

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