
HIV陽性ゲイのリアル#05「大切だから言いたい。大切だから言えない。」
このストーリーは連載となっています。こちらの記事 − HIV陽性ゲイのリアル連載一覧 − も合わせてご覧ください 。
嬉しいことも胸の中
HIVの感染発覚後、仕事を辞め、家を出て、絶望して引きこもって、立ち直って、新しい仕事を見つけ、少しずつ「生きていく覚悟」が決まっていった。激動とも言える一年が過ぎ、僕の体は外見も血液も「健康な体」と何も変わらないまでに回復していた。
ウィルス量は検出限界まで抑えられ、免疫数値も目標を達成。ただ、とても嬉しいことのはずなのに、誰にもこの気持ちを共有できない。それって、秘密を守り続けることより悲しいし、虚しいことだと感じ始めました。
治療が目標達成した時、一番最初に「言いたい人」はすぐ思い浮かびました。
でも少しだけ考えて、その人はまだ「言えない人」だと気がつきました。
人生を共にした親友
大学入学してからはいつも一緒、卒業し、新卒入社した後も翌日が休みの夜は酒飲んでカラオケ行って、とにかくはしゃいで発散して…いわゆる親友の一人。ちなみに女性。
毎年、彼女を含む決まったメンバーで、必ず旅行に行くんです。(ただ感染した年は、全てに絶望して引きこもっていたので、当たり障りないのメッセージで嘘をついて、誤魔化したけど…。)
その時、彼女はお付き合いをしている人と将来をどうするか真剣に考えていて、とても悩んでいました。
「今は、僕が彼女を支えて、応援する時だ」
自然とそう思いましたが、それも彼女の人柄ゆえ。
「大学生」という無鉄砲なのに傷つきやすい、文字通りの青春を共に過ごした友人だからこそ、いつも悩み続けながらお互いの仕事を応援しあってきた戦友だからこそわかる彼女の事。
「病気のことを話したら、きっと真剣に背負ってしまうし、自分自身のことなんてほっぽらかして僕のことを気にかける」
受け入れるとか受け入れないとか、差別するとかしないとか、そういう次元の話じゃないんです。
とても大切な人だし、大切にしてくれることもわかるからこそ、言えない。
お互いのことで知らないことはないってくらい何でも知り合っている仲というのは「ドラマのような綺麗事」では済まないのが現実。
何が起こるかわかるようなわからないような…演出も監督もいない、方向性だなんて誰にも決められない。
お互いを知り尽くしてはいても、自分が起こす行動が「何を起こすのか」はわからない。
適度に「他人事」として見てくれる人に言う方が、ずっと気持ちは楽。
結局その後も、彼女の結婚や家庭の問題、仕事の問題や子供云々などなど盛りだくさんで、中々言えないまま三年が経ちました。ゲイじゃなくても人生ってほんと色々だなといつも思っていたことを覚えています。
大ゲンカ
そんなある時、彼女と大ゲンカをしてしまいました。
毎年の旅行の計画をしているとき、メンバーのスケジュール調整に手こずっている時の些細なことが原因。
次第にみんなが結婚、出産、子育て、仕事と、自分の知らないことを経験して成長していく様に、置いてけぼりをくらってると、気にしないようにしていたけどずっと気になっていた気持ちが出てきてしまいました。
「いつまで自分は病気を理由に当たり前のことから逃げ続けるんだろう」
治療目標達成したあの日から、自分は何も変わっていないような気がして、みんなに取り残されていくような気がして、ちょうどLINEでやりとりしていた彼女に噛み付いてしまったんです。
HIVを理由に、恋愛に臆病になった自分には恋人もできない。それまでは彼女を含め旅行に行くメンバーは、唯一無二の大切な人たちで、彼女たちにとっては僕もそうなんだと実感できていた。
でも、旦那さんや奥さん、子供とみんな大切な人が次々にできてくる。着実に「人生」を作り上げて、「生きた証」を残していっている。
その中で、ただ僕だけが「過去」として取り残されていくような、
孤独感?嫉妬?
何1つ悪いことを言ったわけでもない彼女に、とても酷いことをたくさん言ってしまった。傷つく前に責める。大切な人に対してじゃなくても、やってはいけないこと。
「どうせお前も、旦那だ子供だで、僕のことなんてどうだっていいんだろ!昔仲よかっただけの人にするんだろ!」
あり得ないほど子供じみた物言いですが、当時は本当にそう思ったんです。
彼女は「訳がわからなくて泣いている」と言ってきた。
その時の僕はどうかしていて、「泣きたいのはこっちだわ」だなんて言い返して腹を立てていた。
が、その次に来た返事で、苛立ちに何かが加わって、訳がわからなくなってしまった。
彼女「何があったの?どうしてそんな風に考えるようになっちゃったの?」
今言うべき?いや今言ったら卑怯だ。
彼女のことを思ってずっと言えずにいたのに、急に自分のことばかり考え出すなんてどうかしてる。ほんの数秒の間に僕の感情は頂点と底辺を行ったり来たりしている。内臓が口からでそうなくらい。
でも、彼女にもわけがわからない辛さを与えてしまった。
「ごめん。今はまだ話せないけど、ちゃんと話すから。」
なんという掌返し。振り回すとはまさにこのこと。小悪魔的可愛さがあるものではない。悪意しか感じられない。
どうして自分の気持ちひとつコントロールできないんだろう。
素直に「みんなが大事な人と過ごす時間のように、1日だけでいいから、昔みたいに過ごしたい」と言えれば良いのに。
もういいよ、知らない!と数ヶ月、下手したら数年口を聞いてくれないかもしれない。 何年も大切にしあってきた親友を、失うかもしれない。
さっきのメッセージはもう既読になってる。
長文で怒ってくるかも。
もしかしたら、返事も来ないかもしれない。
すぐに返信が来た。
見たくない。
自分が蒔いた種なのに、向き合うのが怖い。
どうしよう。でも見なくちゃ。
ほんの一言だけのメッセージだった。
「いいよ。ポージーだから。」
あんな酷いこと言ったのに、
理由も聞かず、責めることもせず、
「僕だから」
たったそれだけの理由。
もうその一言に全てが詰まっていた気がします。
時間が合うとか、価値観が合うとか、パートナーがいるとかいないとか、病気とか、生活とか、ステータスとか、そんなこと何も関係ない。
ただ自分のことを認めてくれている。
彼女は今までだってそうだった。
何があっても向き合ってくれた。
絶対に言おう。
大切な人だから、知っていてほしい。
大切な人だから、しっかりとタイミングを見極めて。
その決意から一年後、ついにカミングアウトに乗り切りました。
お前だったら、背負うだろ?
自分のことを話すのは、元々苦手じゃない。
大抵のことは自分の責任だし、自分で後処理ができるし、解決できる。消化もできる。なによりも「一時的なこと」ばかりだから。
でも今回ばかりは…
今でこそHIV根治に成功したような記事は見かけるけれど、それが一般的に普及されたのは何年も先のこと。
今の自分にとってHIVは「死ぬまで」付いてくる、永続的なこと。そして彼女との親友関係も一生続くと思う。
きっと、彼女にも僕の気持ちの一部を背負わせてしまう。
前に、旅行に行った時、車の中で恋愛話になった。
彼女「ポージーは、辛いこととか嫌なことを彼氏に話さないの?」
僕「話さないかなぁ。重荷になりたくないし」
彼女「は?なんでだよ。好きな人なら、背負ってほしいし、一緒に背負いたいって思うじゃん。お前だったら、背負うだろ?」
そんな会話をしたことを思い出す。
「大事な人のことなら、一緒に背負いたい」か。
3年ぶりの失恋
前回の喧嘩から一年ほど経った時、僕は失恋した。
アプリで知り合い、エロいやりとりは全然せず…いわゆる健全リアルからのお互いが良いと思ってその先に進んだ関係でした。
でも、病気のことは言えていなかった。
その後、何回も会ったけど、僕は病気のことを打ち明けていない罪悪感で、いつも一人になった後は何とも言えない気持ちだった。
結果、謝罪と説明をしつつ、相手に打ち明けました。
答えは「無理」。
移さないとはいえ、100%じゃないのに、好きな相手の人生をめちゃくちゃにする可能性があるのに平気な顔して、ありえない。とのこと。
「自業自得」のくせに被害者ヅラするなとも。
ごもっともだけど、どう納得したら良いのか気持ちの整理がつかない。
全然平気だったわけじゃない。
毎回好きな気持ちと、言わなきゃな気持ちの間で苦しかった。
そんな、数年ぶりのカミングアウト、数年ぶりの恋。
自分を認めてもらえないことの辛さはとても新鮮で心に響いた。
彼女からの電話
久しぶりにずっしりとした気持ちになった。結局自分は、病気がわかったあの日から、何も変われていない…。
そんな日々を過ごしているときに、彼女から電話が来た。
「最近どお?遅いけどみんなで新年会やろうよ!」
言いたい。辛いことがあったと話したい。
そうなった理由も全部話したい。
認めてもらいたい…。
結局、“彼女のために話すタイミングを見極める”という決意は、弱った自分の“ワガママなタイミング”で打ち明けることになる。
「今は、二人で会いたい。ずっと話したかったことがある」
そう答えて、日にちを決めました。
数年溜めてきた思い、カミングアウト
新宿の居酒屋でご飯を食べ、どうでもいい話や、どうしようもないネタでゲラゲラ笑う、いつも通りの二人。
そして、その後、カラオケへ。
いつもならすぐにわけのわからない曲を熱唱して笑かしてくれるのに、その日はなにも入れず、オーダーしたドリンクがくるのを待っていた。
店員さんが丁寧にお辞儀をして静かにドアを閉めた。ゆっくりとドアノブが元にもどる。ガチャリ。
もう決心は付いている。
話す覚悟というより、話しても落ち込んだり彼女自身が病んでしまうことはないという、彼女の強さを信じる覚悟。
僕「病気なんだ。今は治せないやつ。」
彼女「うん」
僕「HIV」
彼女「そっか」
僕「5年前から」
しばしの沈黙。目は合わせられない。
彼女「..それで、今は…元気なの?」
僕「え!?げ、、元気だけど」
彼女「なら良かった!」
え、何?なんで病気になったのかとか何が辛かったかとかじゃなくて、「今元気なのか」って。
今までのカミングアウトでは、「興味」を持たれることはあったけれど、その場で僕自身の「元気」を気にしてくれた人はいなかった。いたとしても、こんなストレートに言葉にしてくれた人はいなかった。
そっか…大切って、こういうことなんだ。
元気に行きてるかどうか、それだけでいいんだ。
ボロボロ涙が出てきて、「ごめんね」とだけ言えた。彼女を見ると彼女も泣いていた。僕の手を握って、力強く言った。
彼女「元気で良かった!元気ならいいじゃん!それだけで十分だよ!!ずっとこうやって遊べるじゃん!!!何も悪いことないよ!!ごめんじゃないでしょ!」
それから、何故五年間も言えなかったのか、彼女はわかってくれていた。
打ち明けられた側が僕の闇とも言える部分を背負ってしまうことを気にしていたことも。
5年前の感染したときから、時間が止まってしまったかのように、自分が何も変われていないと悩み続けていたことも全部。
彼女「私もみんなも、ポージーが思ってるよりずっと強いよ。もう少し信用してくれて大丈夫だよ。昔っから、私達のこと気遣ってくれて、本当に大事なことになると遠慮しちゃうところがあるのも、知ってるよ。だから私達、ポージーのこと大好きなんだよ?」
病気がわかったときから、漠然と「自分を変えなくちゃ」と思い続けてきた。周りの人の変化を感じるたびに、何も変われていない自分が嫌で嫌で仕方なかった。
でも、全部変える必要なんてなかった。
僕は僕のままで、大切な人を少しでも信じる勇気があれば、前に進んでいけるのかもしれない。
改めて大切な親友だと実感できた。
いくつになっても、たくさんのことを学ばせてくれる。
僕「もし、もしもね。13年前の5月、あの電車の中で会わなかったら、二人ともどうなってたんだろうね。」
彼女「変わんないっしょ。二人とも自分らしく生きてるよ。でも、遅かれ早かれ絶対に出会ってたような気がする。」
僕「それはわかる。」
彼女「だよね」
今までが別々だったら、これからが別々だっったら、それすらイメージできない。こんな素晴らしい友人がいる自分に、少しだけ自信が持てた春だった。
その日は珍しく彼女が「今日は奢るから!」と進んで会計してくれた。
結局彼女のカードがきれなかったので3時間×二人分の会計は僕がしたけど…
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